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秩序と静けさ [思い・考え]

今年(2014年)の4月に職場が変わり、仕事にスピードを求められることが多くなった。業務を捌きながら、「もっと時間がほしいなあ。」などと感ずることも多くなった。

転勤に伴って、通勤時間が片道2時間ほどになり、本などゆっくり読めるようになった。自然に、かつて読んだ本を読み返すことも増える。梅棹忠夫さんの『知的生産の技術』〔岩波新書〕を積ん読の棚から出して読んでいたら、次のようにあった。

【秩序としずけさ】
整理や事務の技法についてかんがえることを、能率の問題だとおもっている人がある。一般に、この本でとりあつかっているような知的生産の技術の話全体が、能率の問題としてうけとられやすいのである。しかし、じっさいをいうと、こういう話は能率とは無関係ではないにしても、すこしべつのことかもしれない。最小時間内に最大効果をあげるというのが能率の問題である。技術論というと、どうしてもそういう方向に話が展開しやすい。そういうゆきかたもあることをみとめながら、すこしべつな観点からもかんがえてみる必要がある。
これはむしろ、精神衛生の問題なのだ。つまり、人間を人間らしい状態につねにおいておくために、何が必要かということである。かんたんにいうと、人間から、いかにしていらつきをへらすか、というような問題なのだ。整理や事務のシステムをととのえるのは、「時間」がほしいからではなく、生活の「秩序としずけさ」がほしいからである。
水がながれてゆくとき、水路にいろいろなでっぱりがたくさんでている。水はそれにぶつかり、そこにウズマキがおこる。水全体がごうごうと音をたててながれ、泡だち、波うち、渦をまいてながれてゆく。こういう状態が、いわゆる乱流の状態である。ところが、障害物がなにもない場合には、大量の水が高速度でうごいても、音ひとつしない。みていても、水はうごいているかどうかさえ、はっきりわからない。この状態が、いわゆる層流の状態である。
知的生産の技術のひとつの要点は、できるだけ障害物をとりのぞいてなめらかな水路をつくることによって、日常の知的活動にともなう情緒的乱流をとりのぞくことだといっていいだろう。精神の層流状態を確保する技術だといってもいい。努力によってえられるものは、精神の安静なのである。

うーん。職場で日々の業務に追われるように感じていたのは、「時間」がないからではなくて、自分の心に「秩序と静けさ」がない状態になっていたからなのかもしれない。その「秩序と静けさ」を取り戻すために、学び、実践していかなくては(@_@)

この『知的生産の技術』には、読んでいて、「「読んだ」と「見た」」についてなど、以前にも考えさせられることがあった。読書は、これからも続けていこうと思う(^_^)v

〔梅棹忠夫さん……梅棹忠夫〕
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%85%E6%A3%B9%E5%BF%A0%E5%A4%AB

〔『知的生産の技術』〕
http://www.amazon.co.jp/%E7%9F%A5%E7%9A%84%E7%94%9F%E7%94%A3%E3%81%AE%E6%8A%80%E8%A1%93-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E6%A2%85%E6%A3%B9-%E5%BF%A0%E5%A4%AB/dp/4004150930

〔「読んだ」と「見た」〕
http://gj-officer.blog.so-net.ne.jp/2010-10-05


2014-11-03 09:24  nice!(0)  コメント(2)  トラックバック(0) 
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